
私の母はこんな人です。
- 常に「わたし!わたし!」と自己中心的思考を持っている。
- 周囲は私に合わせてくれて当然。私のために他者は存在している。
- 自分だけが感じる心を持ち、他の人は感じる心がないと思っている。
- 思ったことを何でも言ってしまう。
- 天才という自己イメージを持ち、芸術家ぶっているがただの凡人。
両親が不仲で私は物心ついたころから毎日のように父の悪口、父の家族の悪口、近所の人の悪口、愚痴という愚痴を散々聞かされていました。
そんなある日、当時小学校6年生の私は自分が酷く傷ついていることに気が付いたのです。

「お父さんの悪口、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさんの悪口はやめてほしい。とても傷つくんだよね」
そう伝えましたが、母は「だって私は!だって私は!」と言ってやめてくれませんでした。そして翌日も散々悪口を言っていました。

やっぱりやめてくれないんだ…
真剣に訴えたつもりでしたが意味がなく、さらにつらい気持ちになっている時です。母が愚痴を言い終えて気が済んだころ、
「私は優しいの。誰も言ってくれないから、私は自分で言うの。私は優しいの」と言ってきたのです。

傷つくからやめてほしいと言ってるのに、やめてくれない人がどうして優しいの?
理解できない…
母の心の問題

でもどうして母は異常に自分のことばかり主張するのかな?
なぜ他者を思いやりやれないのかな?
なぜ「私は優しい」にこだわるのか?
どんな心の問題を抱えているのか知りたくて調べてみると
母は自己愛性パーソナリティー障害だとわかりました。
健康な人間関係を築けないという障害
他人の気持ちを思いやれず、自分だけしか見えない。そのために人間関係に問題が生じていく
狩野力八郎監修 講談社
上記の文章だけでも母親によく当てはまっているのです。
二つの自分
二つの自分の間でゆれている
自己愛性パーソナリティー障害の人が描く自分の姿は二極分化しています。ひとつは、人から賞賛を集めるような理想の自分、もうひとつは、無能でまったく取り柄のない、ダメな自分です。
狩野力八郎監修 講談社
理想の自分は優しくて、天才なのでしょう。称賛されるべき特別な人間だと思っているのです。そして「誰も言ってくれない」というのは優しくない現実の自分なのです。現実の自分よりも、理想の自分を本当の自分として受け止めているのでしょう。理想を揺るがすような現実は直視できないようです。もしかしたら現実の自分を愛せていないのかもしれません。
周囲を気にかけなることができない
母は他者の気持ちを考えずに言いたいことを言い、やりたいことをやる人です。それについて文句を言うと「だって私、感覚人間だから」と悪びれずよく言っていました。とても傷つくことを言われても「そんなの水に流せるでしょ。根に持つのはあなたの心の問題」とでも言いたそうでした。

勝手ですね…
これまで「感覚人間」という言葉を母が口にする度、私は意味不明だなと思っていました。でも相手の気持ちがあることを知らないので、言いたいことを何も考えないで言ってしまうのです。つまり「考えないで言う」それが感覚人間なのでしょう。本人は自分がやってしまったことについて、された側の反応を少しは知っていながらも、気にしないタイプの人なのです。強すぎる自己愛によって他者の気持ちを想像できないのでしょうがないのです。
なぜ自己愛性パーソナリティー障害になってしまったのか?
まず本人の生まれ持ったそもそもの気質もあると思います。そのうえで育った環境が影響しているのだと思うのです。
幼少期に両親に共感してもらった経験が少ない
母の育った環境は仏具屋を夫婦で営んでいて忙しく、さらに5人兄弟の第3子、真ん中っこです。母は子供のころ、あまり両親にかまってもらえなかった、可愛がってもらえなかったとよく言っていました。もしかしたらそれが原因の一つかもしれません。共感してほしかった時に、共感してもらえなかった…寂しい幼少期を過ごしていたからかもしれません。だから、他者も自分と同じように感じる心を持っている存在として尊重できないのかもしれません。それが共感に乏しい、思いやりのなさにつながっているのかもしれません。
得られなかったのは「共感」
カーンバーグと並ぶ権威あるコフートは、幼い未熟な自己愛を満たす「共感」を得られなかったために、自己愛の成熟が阻まれたことに原因があると考えます。
狩野力八郎監修 講談社
対象愛がない
母は両親から共感を得る経験が少なかったため、自己愛が未熟で対象愛がないまま大人になってしまったのかもしれません。
自己愛は成長して、他者への愛を持つようになる前段階のもの。
以下のように成長するものなのだそうです。
1,自体愛(まず初めに自分の体に興味をもち、愛する)
2,自己愛(見えない部分も含めた自分全体のイメージを肯定し、愛する)。
3、対象愛(自分以外の他者に愛情を注げるようになる。)
狩野力八郎監修 講談社
結婚前は母の兄(叔父)が自己愛性パーソナリティー障害の母をかわいいと思ってくれて、他の兄弟も兄が相手をしてくれるので負担を感じずに過ごせていたのです。でも兄弟たちは自立したり、結婚して家庭を持つようになり、誰もわがままを聞いてくれなくなってしまいました。自分に合わせてくれる人ばかりが周りにいれば問題ないのです。でもその環境が変わってしまうと、よほど理解のある人がいない限りは、新しい人間関係が築けず、なじめないのです。まして結婚なんて思いやりなしでは良好な関係は築けません。
対象愛がない…それは結婚後、生きにくさといっても過言ではないでしょう。
まとめ
母なりに生きにくさを感じていたのかもしれません。でも、結婚は35歳の時です。20歳そこそこの若者同士の結婚ではないのです。
結婚までに社会にもまれたり、恋愛したりしていれば周囲となじめないことに違和感を覚え、「生きづらさ」の自覚を持てば自分自身を見直すことができたのでは?と思うのです。
実家がお金持ちだったので働く意味を感じず大学卒業後は入社した会社を3年で退社したので社会人経験はあまり無く、恋愛経験は皆無。それでは自分自身を見つめなおす機会もありませんよね。しかるべき相手がどういう人なのかもわかるはずがありません。
私は自分が20代のころを思い出すと、もっと必死だったと思うのです。母は20代をぼーっと過ごしてたから、こうなったのだなと呆れてしまうのです。やっぱり母のことが苦手です。



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